月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。
それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。
それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
月に向ってそれは抛れず
浪に向ってそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
指先に沁み、心に沁みた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?
作者
中原 中也(なかはら ちゅうや)
1907ー1937 山口生まれ。8歳の時、弟が風邪により病死したことで文学に目覚めた。文学にのめりこんで学業を破綻させ、生活者としても挫折しながら、フランス象徴詩との出会いを経て、詩才を一筋に開花させていった。30歳で逝去し、死後名声が高まり、日本だけではなく世界中で知られる詩人となった。
詩のソムリエより
中也は、そのエキセントリックな性質から詩人自身を「好き!」とは言い難いのですが(スミマセン)、ふと高校時代に読んだ彼の詩のフレーズを思い出すことがよくあります。それだけ、印象的なことばを編み出した詩人を、やはり尊敬の念で見ざるをえません。「月夜の浜辺」は、メルヘンチックでありながらも心にしんと迫ってくるリアルさもあり、一度読んだら忘れられない詩です。