works

【詩を食べる】思い出すために(寺山修司)/いちごのクラフティ

恋というものは、ほんとうに小さな出来事も輝かせる力を持っている。甘酸っぱい思い出も、胸のうちで温められつづけると、とろりと甘いものになる。はじめての恋であればなおさらだ。

10代から俳句で頭角を現し、詩人・歌人・劇作家・映画監督など目覚ましい活躍をした寺山修司(1935−83)の恋について、実はあまり知られていない。10代の頃の寺山と心を通わせたT子さんをたずね、長崎を再訪した。

▼まったくもってひょんなご縁でつながったT子さんの出会いはこちらからhttps://note.com/embed/notes/n3e4801b9675e

目次

  1. 今もあざやかな思い出
  2. 寺山修司「思い出すために」
  3. いちごのクラフティのつくりかた
  4. 思い出には墓がないけれど
  5. 作者とおすすめの本


今もあざやかな思い出

T子さんは現在、80代後半。笑顔がチャーミングな方。「今でも、寺山さんが大好き」お茶をしながら、60年以上前の寺山との思い出をあざやかに語ってくれた。出会ったときの、寺山の角帽のようすまで。

画像1

決して多いとは言えない思い出は、誰にもあかさず、ずっとずっと心のうちで温めていたものだった。「顔を見合わせて大笑いした」とか、「たまたま好きなものが一致した驚き」とか…そういう類の、鮮明で、とくべつな一瞬の思い出。

そんな思い出が、端正な字でビッシリと原稿用紙に綴られているのを拝見する。「こんなもの…」と笑いながらT子さんは謙遜するが、生き生きとつづられた文章は今読んでもみずみずしい。「この記憶がT子さんを生かしている」のだ、たぶん。


寺山修司「思い出すために」

長崎からの帰りのバスで、寺山の「思い出すために」という詩を思い出した。

セーヌ川の手回しオルガンの老人を
忘れてしまいたい
青麦畑で交わした初めての口づけを
忘れてしまいたい

続いて、「パスポートに挟んでおいた/四ツ葉のクローバ」や「アムステルダムのホテルのカーテンから差し込む朝の光」を「忘れてしまいたい」。

はじめての愛だったから
おまえのことを
忘れてしまいたい
まとめてみんな今すぐ
思い出すために

初恋は、忘れてしまいたいほどつらい恋愛だったのだろうか。それでも思い出をつづることばは「セーヌ川」「青麦」「クローバー」「朝の光」とみずみずしく、かけがえのない記憶がリフレインし、「忘れたい」と「覚えていたい」が二律背反(アンビバレント)にせめぎあう。「忘れたいほどつらいのか」と思わせておいて、「やっぱり(それでも)愛している、どんな小さな思い出ひとつ、失いたくない」という言外の想いが凝縮している。

寺山らしい韜晦(とうかい/本心を隠すこと)が現れている詩だと思う。寺山は、ことばに自分を隠そうとする。青森で生まれ育った寺山のルーツを知っていなくても、「青麦畑で交わした初めての口づけ」や「パスポートに挟んでおいた/四ツ葉のクローバ」が虚構(フィクション)であることはわかりやすい。それでも漏れ出てくるせつない感情が、詩を忘れがたいものにする。寺山はそういうことばの使い手だ。虚構だらけの詩の行と行のあいだに、ほんとうの彼がさみしそうに微笑んでいる。

「まとめてみんな今すぐ」思い出したいのは、記憶が遠のいていくからだろうか。時間はやさしくも残酷にも過ぎゆき、過去を遠いものにする。愛には過去形などなく、時に憎しみや感傷のかたちになって続いていくけど、記憶だけはぽろぽろと指の間からこぼれ落ちていく。

いちごのクラフティのつくりかた

そんな小さな思い出たちを、閉じ込めておけたら…。この詩をイメージしてこさえるのは、いちごのクラフティ。クラフティは果物入りカスタードプディングのような、フランスのお菓子だ。

クラフティに入れる果物はプラムやさくらんぼなどがあう。甘酸っぱい思い出をやさしいカスタードで包み込んで焼き上げたクラフティは、暖かい焼き立ても香しくておいしいし、冷ましてもおいしい。
くれぐれも、甘酸っぱい果物を選ぶこと。コツはそれだけで、かんたんに作れる。

【材料】
卵3個
砂糖大さじ6(果物が酸っぱかったら+10〜15gほど足しても◯)
生クリーム200cc
牛乳50cc
バター(分量外)
粉砂糖

【作りかた】

①オーブンは予熱(180度)し、型にバターを塗る。いちごをカットする。
②上記材料をまぜて、濾す。
③型に流し入れ、180度で50分焼く。(※我が家は電子オーブンのため。ガスオーブンは−10度にし、焼き具合も確認してください)
④粗熱がとれたら、冷蔵庫でさます。粉砂糖をふる。

画像3

恋の思い出は、冷めてからも大事な記憶だ。恋が終わっても、何十年たっても、それは変わらない。冷めてなめらかさとコクが増したクラフティを一口どうぞ。忘れていた恋のシーンもよみがえるかもしれない。

思い出には墓がないけれど

思い出すだけで胸が甘く破けそうな記憶が、わたしの胸にもたくさん秘めてある。

寺山修司を研究していた時代、わたしには恋人がいた。研究に心血を注いでいたばかりに、彼を「寺山」と呼びかけてしまったという逸話(?)から、「修司くん」というあだ名がついた。一緒に過ごした時間は、約5年。それも、半同棲だったので濃い時間を過ごした。そのぶん、ものすごく細かい思い出がある。それが、別れてからわたしをずいぶん苦しめた。なにせ、忘れようにも、生活のあらゆるものー洗濯ばさみ一つ、フライパンひとつーに、彼にまつわる思い出が染み付いているのだ。そういうモノたちと暮らすのはしんどかった。「思い出には墓がないんだな」と思った。まとめて思い出を墓に入れて、時折、訪ねられたらいいのに。

詩で詠われている「忘れてしまいたい」は、「しまっておきたい」のかもしれない。どんなに辛い恋愛でも、思い出じたいは美しいものだから。

画像2

わが母も、いつのときか言っていた。「恋の思い出は、年をとっても心を温め続けるのよ」と。ほかの人と結婚して、お子さんやお孫さんがいても、だ。わたしもまた、今は昔の恋を書いた日記を開くこともどうしてもできないけど、ずっと懐かしく思い出すのだろう。

「これ、作ったの?すごいね!」と幸せそうにクラフティを食べる今の恋人を見ながら、思い出は思い出、そして今は今…と笑う。

作者とおすすめの本

◆作者について
寺山修司(1935-1983)青森生まれ。
短歌、詩、演劇、映画など精力的に活動した鬼才。演劇実験室『天井桟敷』を立ち上げ、海外での評価も高い。『田園に死す』『書を捨てよ、町へ出よう』など著書多数。

◆おすすめ本寺山修司少女詩集 (角川文庫)amzn.to704円(2021年04月29日 19:00時点 詳しくはこちら)Amazon.co.jpで購入するひとりぼっちのあなたに・さよならの城・はだしの恋唄 (For Ladies)amzn.to4,180円(2021年04月29日 19:01時点 詳しくはこちら)Amazon.co.jpで購入する

記念すべき「詩を食べるレシピ」の第一弾も寺山でした。https://note.com/embed/notes/ndccaf8eef4c1

お問合せ